ふと、目が覚めた。

 静寂に満ちた、薄暗い部屋。
 しばらくぼんやりしていたけれど、うっすらわかる家具の配置と、間近に感じる暖かな気配で、ここがどこなのかをあらためて思い出す。

 うーん、枕が変わると、よく眠れないなー。
 ……っていうか、腕枕が意外と寝心地悪いことを、わたしはこの日、初めて知ったんだ。





邂 逅





 木手永四郎。
 それはわたしにとって、全くの未知の生物だった。


 そんな彼は、東京に来てからも相変わらずで、やっぱりわたしは、不定期ながらもインパクトのある告白を受け続けていて。
 おかげでいつしか、日常的に彼のことを考えたり、そばにいてドキドキしたり……そんなふうになっちゃって、何だかすっごく悔しかった。

 悔しかったけど、こうなった以上はしょうがない。
 わたしはついに観念して、彼に敗北宣言をしたんだ。
 そう、敗北。他に言い様がないと思う。


 っていうかさ、強い男がうっかり見せる弱さ。
 これって、反則だと思うのよね。


 遠く離れた地に、1人でやって来た木手くん。
 見た目じゃほとんどわからないけど、東京と沖縄の違いすぎる環境で、さすがの彼も、ホームシックらしきものになっていたんだ。

 だって、あれだけ「好きですよ」と、人を煽ってきた居丈高な空気が、全く感じられなくなったんだもの。……まあ、そんな木手くんを「異常だ!」と感じるわたしも、何気に異常なのかもしれない。


 あの彼が、弱さを察知されるなんて、不覚以外の何物でもない。
 つまり、狙ってやったわけじゃないそれに、さすがにちょっと心揺らいで……まあ、一応知り合いなわけだし、何かほっとけなかったんだ。


 そういう経緯で、学校では常に一緒にいたもんだから、これまでほとんど知らなかった、木手永四郎という人物を、あらためて目の当たりにするようになって。

 で、気がついたら負けていた。
 言ってしまえば、それだけの話。


 でも、悔しさを堪えつつ敗北宣言をした、あの時の彼を見たら、「負けるが勝ち」って言葉が、ふと脳裏をよぎったんだ。
 だってポーカーフェイスの彼が、あんなにも驚いて、しかも真っ赤になって……それで全力で抱きしめられたら、こっちだって幸せを感じないわけがない。


 そこでようやく、おつき合いというのを始めたわたしたち。
 互いの呼び方が変わって、一緒にいる時間も、前よりずっと増えて……。



 そして昨日、わたしたちは、初めて夜を共に過ごした。



 長年の想いから解き放たれた永四郎は、普段の淡々とした様子からは、想像もつかないほど情熱的で。

 何ていうか……すごかった。

 い、いや、変な言い方なのはわかってるわよ。
 でも、他に形容しようがないんだから、しょうがないじゃない。


 あんなふうに名前を呼ばれ、あんなふうに触れられ、あんなふうに求められ――痛みを伴う傍らで感じる、かつてないほどの幸福感。
 そしてこうして、自分以外の体温を感じて、一緒に朝を迎えること。
 わたしにとって、それらすべてが初めてのことだった。


 だから、すっかり落ち着いた今、すごく悩んでしまうんだ。
 彼が起きた時、どんな顔をすればいいんだろうって。
 いや、何かさ……照れるじゃない。


 永四郎はどうなんだろう。
 わたしみたいに、どんな顔をしたらいいか、悩んでたりするのかな?

 ……って、今思いっきり安眠中ですね、あなた。
 わたしが背中を向けているせいで顔は見えないけど、規則正しい呼吸音が、それを伝えてくれている。
 こっちは、身体は軋むわ枕は筋肉質だわで、あまり眠れてないってのに。


 今後、腕枕は辞退させてもらうことにしよう。
 それに、長時間重い頭が乗っかってたら、永四郎の腕にも負担がかかるしね。

 そんなことを考えつつ、再び眠るべく、彼の腕から離れようとしていたら、


「眠れませんか?」


 頭の下にあった手が、突如動いて、引き寄せられる。
 それに驚いて、わたしは思わず息を呑んだ。

 何より、素肌どうしで密着したことで、あらためて現状の恥ずかしさを思い知らされて。


?」
「な、何でもない!」


 慌てて言うと、背後で笑う気配がした。



「な、何?」
「いえ、呼んでみただけです」


 そう言って、永四郎の唇が背中に触れる。
 思わぬ刺激に身体が震え、逃亡を試みるけど、わたしはとっくに彼の腕の中で。


「逃がしませんよ。こんな幸せを知ってしまったら、もう離せない」
「……どうせ、離す気もないくせに」
「だいぶ俺のことをわかってくれましたね。でもこっちだって、のことはかなり理解しましたよ」


 そして、どこか嬉しそうな心持ちで、


だって、俺から離れる気ないでしょ?」


 笑いを含んだその声が、すごくすごく気に入らない。
 だから、知られたくなかったんだ。わたしが永四郎を好きなこと。


「そうだよ、バーカ!」


 でも知ってくれなきゃ、こうして、一緒の時間を過ごすことはなかったはず。
 今となっては、そっちの方が想像できない。

 わたしは身を捩って、永四郎に向き合うと、そのまま力いっぱい彼に抱きついた。
 素直じゃないと言われたけど、自分のそんな性格は、とっくの昔にわかっている。





 わたしの恋人は、未知の生物だ。
 中3の頃の一目惚れを、一瞬のもので終わらせず、しっかり現実と向き合って、きちんとその恋を成就させた。

 そのために、慣れ親しんだ土地を離れて。


 すべては、わたしに会うために。





 永四郎はわたしが好き。
 わたしも永四郎が好き。


 ――大好き。












〜 君とずっと 〜













 だからもう、ずっとずっと離さないでね。

2008.03.30


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