恋なんて自分勝手なものなのだと、本当に好き勝手な告白をして去って行った、謎の男、木手永四郎。
 そして再会したのも束の間、あろうことかあいつは、公衆の面前で再告白などしてくれやがった。

 おかげで菊丸に、どういうことだとつきまとわれ、桃に至っては、詳しい話を聞かなきゃ、気になって試合に集中できねーな、できねーよと脅迫(?)までされる始末。
 そこで仕方なく、わたしは夏の出来事をみんなに報告することになった。

 最初のうちこそ、そんなわたしを、冷やかしていた菊丸たち。
 でも木手くんは、ただサラッと言うだけで返事を求めないから、こちらも照れたり恥ずかしがったりといった、かわいらしい反応をすることはなくて。
 だから、ギャラリーとしてはつまらなかったんだろうね。
 だんだん冷やかされることもなくなって、それどころか、見事に放置されるようになっていた。





邂 逅





 青学と比嘉はどちらも強豪校であるゆえに、年に二度ほど、全国大会といった大きな催しで、顔を合わせることになる。

 そして彼は、そのたびに、


「まだ好きですよ」

「どうしてですかね、今年も想いは継続中です」

「本当に意味不明です。何であなたが好きなんですかね」


 と、余計なことを言い残しては、去って行く。

 ……わたしのことが好きなわりに、そのムカつく言い方は何なんだ?
 何より、そんな木手くんの来訪を待つようになったわたしは、本当に何なのよ。



 一目惚れだと、彼は言った。
 でもそれは、一時的な安易なもの。
 わたしはもちろん、彼だって、そう思っていたはずなんだ。


 だから常に、木手くんの言葉を、「はいはい」と聞き流していた。
 最初は、その告白らしからぬ言い方が気になっただけで、彼自身には、何の興味もなかったのに……でも、こんな告白をされ続けたら、やっぱり気になって当然よね。

 そう、すべては言い方の問題なのよ。
 だからわたしが、彼のことを気にかけるようになっても、それはしょうがないことなんだわ、うん。


 そんなふうに、わたしの心は少しずつ、彼のことで占められ始めた。
 でもその時、わたしたちは高3になっていて。

 だから、最後になる夏の大会が終わった時は、なおさら木手くんに会いたかったんだ。
 わたしたちの季節が終わるから、最後に一言くらい……ううん、最後にしたくないから、もっとちゃんと話そうと、話したいと思った。


 でも、そういう時に限って、木手くんは見つからないのよね。

 会えないのは残念だったけど、どうせ秋の新人戦には、また後輩たちの応援にやって来るはず。
 会える機会はまだあるんだし……って、すごく簡単に考えていた。



 けど、秋を迎えたのに、彼は現れなかったんだ。



 これまでの木手くんの行動は、とても堂々としていたから、沖縄の人たちも、わたしのことは知っていた。
 だから思いきって、彼がいない理由を訊ねに行ったんだけど、返ってきたのは、「あの人も受験生ですしね」という、簡潔な一言だった。

 高3の秋がいかなる季節か……自分も身近な友人たちも、そのまま青学の大学部に進むから、その現実を、わたしはすっかり失念していた。


 互いの連絡先を知っているわけじゃない。
 それどころか、絆と呼べるほどの繋がりさえも、あったかどうかアヤしいもの。
 一時的な安易なものだと、そう思っていたけど、だからって、こんなにもあっさり終わってしまうものだったのか。


 木手永四郎。
 沖縄在住の高校3年生。
 彼について知っているのは、ただそれだけ。

 それだけしか知らなかったことに、わたしは愕然とした。
 今ではこんなに――こんなにも気になる存在なのに。

 なのにわたしには、もうどうすることもできなかったんだ。



◇   ◆   ◇   ◆   ◇



、聞いたぜー。卒業旅行は沖縄に行ったんだって?」


 心持ち晴れやかだった気分が、菊丸のその声で、一気に沈み込む。
 せっかくの入学式が、これだけのことで、台無しにされた気分だ。


「ふふーん、何だかんだ言って、やっぱり木手のことが気になるってわけかー」


 ニヤニヤ笑いながら言うな、うっとおしい。
 でも、どんなに睨みつけても、ヤツは一向に意に介さない。


「飛行機に乗ったことないから、遠いとこなら、どこでもよかったのよ」


 実際、わたしを含め、全員が飛行機デビューだったしね。
 まあ、それで沖縄を強く提案したのは……わたしだけど。


「なら、北海道でもよかったじゃん」
「冬の北海道に行ったって、寒いだけでしょ」
「でも北国のメインって、ある意味、雪のある冬じゃんよ」
「ラベンダー畑とか、季節でいろいろあるじゃない」
「そっか。……ってことは、北海道の旬っていつなんだ?」


 そんなやりとりをしているうちに、菊丸は自分で出した疑問に、本格的に悩み出し、木手くんのことから離れてくれた。

 そしてわたしは、そんな菊丸から、そっと離れる。
 悪気はないんだろうけど、これ以上木手くんのことに触れられるのは、ちょっときつかったから。



 今日は、大学の入学式。
 見知った顔がたくさんいるけど、イマイチ談笑する気分になれず、わたしは1人で、適当な席に腰を下ろした。


 沖縄に行けば会えると、簡単に思っていたわけじゃない。
 でも、もしかしたら……って、そう思っていたのは事実なんだ。


 木手くんのことを、好きになったわけじゃない。
 でも間違いなく、気になる存在にはなっていた。

 だから今でも、彼のことが胸をよぎる。
 中3の夏から3年間、年に2回しか会えないわたしに、その都度告白してきた、おかしな男のことが。



 そんなふうに物思いに耽っていたら、ふいに「隣、いいですか?」と、声をかけられた。

 他にも席はあいてるのに……。
 でも、「どうぞ」と答えかけて、ふと考える。


 この、独特のイントネーション。
 何より、聞き覚えのある懐かしい声。

 はじかれたように見上げると、そこには信じられない人物がいた。





 ゆっくりとした動作で、隣の席に座る男。
 それはわたしを悩ませる、すべての元凶、木手永四郎!





「ちょっ……ここで何してんの!?」


 思わず出てしまった大声に、周りの注目が集まった。
 慌てて口を押さえつつ、わざとらしく指を立てて「しー」なんて言う、目の前の男を睨みつける。

 でも木手くんは、そんなわたしにニヤリと笑い、


「何って、ここの学生になる俺が、入学式に出るのは当然でしょ?」
「ここの学生って……本当に?」
さん、大学というものは、全国から人が集まってくる場所なんですよ」
「し、知ってるよ!」


 知ってるけど……!
 だからって、沖縄の木手くんが、青学に来るなんて思わないじゃない。

 だから、わたしが驚くのは、至極当然のことだ。
 なのに、それを見た木手くんの、勝ち誇った顔ときたら!


「一番やっかいだった距離の壁が、これでなくなったんです。今後は、全力であなたに挑みますよ」


 その言葉に、わたしはさらなる驚きに包まれた。
 木手くんが、やたら自信に溢れる理由、それを今、豪快に突きつけられたから。


 好きなだけじゃ、どうすることもできなかった、唯一のもの――それは東京−沖縄間の、果てしない距離だった。

 まさか木手くんは、それを埋めるために、わざわざ東京へ?
 大学進学という、いわば人生をかけてまで?


 それってやっぱり……わたしに会いたかったから?

 そんなことは一言も口にしてないけど、でも、そうとしか思えない。



 どうしよう……嬉しい。
 木手くんの気持ちが、まだわたしにとどまっていることが、すごく嬉しい。

 でもそんなこと、絶対向こうには知られたくない。
 もう二度と会えないと思って、すごく落ち込んだなんて、絶対絶対知られたくない。


 だからわたしは、頑張って、何食わぬ顔を作ってるのに。
 そこに追い討ちをかけるように、木手くんは言った。
 相変わらずの、あの一言を。


「好きですよ、さん」
「なっ……! す、少しは場所を考えて言ってよね」


 お願いだから、嬉しそうにならないで、わたしの顔!


 そんなふうに自分と戦いつつ、確か彼は、「殺し屋」なんて異名を持ってたっけと、ぼんやり考えた。

 同時に、わたしが彼に殺されるのは、きっと時間の問題だとも。












〜 自らの力で唯一の存在と 〜


2008.03.25


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