「好きです」


 今、わたしにかけられたその言葉は、間違いなく、愛の告白というもの。
 でも、そういうのを伝える時って、普通もっとこう……言葉の内なり表情なりに、照れとか想いの端々とか、そんなドキドキの片鱗が見え隠れすると思うんだけど。

 なのに、目の前の人物からは、そうした気配が一切感じられない。
 それどころか、表情が読めない上に、威圧感だけはやたらある。

 っていうか、そもそもあなた、ついさっきうちの大切な顧問に、ボールをぶつけようとした人たちの親玉でしょ?
 それでよく、わたしに告白なんてできますね、木手永四郎くん。





邂 逅

〜 誰と? 〜




「は?」


 いきなりだし相手が相手だしで、思わず聞き返してしまったわたしに、決して罪はないと思う。

 でも彼は、そんなわたしの反応がお気に召さなかったらしい。
 ただでさえ鋭いまなざしが、より鋭く、研ぎ澄まされてしまった。


「聞こえませんでしたか? さん……ですよね」
「そ、そうですが……」


 え? 何これ? 何か、すっごく怖いんですけど!
 わたしは、足りなくなったスポーツドリンクを補充するため、ちょっと自販機まで来ただけなのに。
 なのに、何でそこで、通りすがりの比嘉中生に絡まれなきゃならないの?

 そう、絡まれてる!

 告白っぽいセリフが聞こえたけど、それはきっと幻聴だ。
 わたしは今、「何見てんだよ」って感じで、理不尽に絡まれてるんだよ。


「あなたが好きだと言ってるんです。さん」


 でも木手くんは、冷や汗ダラダラなわたしにかまうことなく、先程と同じセリフを口にする。


「いや、そんなこと言われても、今日会ったばかりだし、それにさっきまでは敵だったし」
「わかってますよ、そんなこと。俺だって、対戦校のマネージャーに一目惚れなんて、予想外でした」


 そして、心底不本意だと言わんばかりに、重い重いため息をついた。

 そりゃ、一目惚れはしようと思ってするものじゃないから、そう思うのはわからなくないよ。
 でも、そんな態度で告白されても、こっちだって対処に困る。


 いや、困るも何も、わたしの答えは最初から決まっているんだ。
 どう考えても、答えはノーよ。
 仮に彼が好印象でも、中学生のわたしたちに、東京−沖縄間の遠距離恋愛が勤まるとは思えない。

 でも、そんなわかりやすい断り文句じゃ、あっという間に論破されるだろうな。
 だって彼、見るからに、頭の回転良さそうだもの。
 だからわたしは、思いきって、本心を伝えることにした。……怖いけど。


「でもあの、安易に、人にボールぶつけるような人はちょっと……」
「まあ、そうでしょうね」


 サラッと答えた、その一言は予想外のものだった。
 だって、今わたしが言ったのは、つまるところゴメンナサイというヤツで、彼が素直に受け入れるとは、とても思えなかったから。

 にも関わらず、この態度。
 ……何か、大胆に告白してきたわりには、あっさり身を引きそうな、殊勝な感じじゃない?


「俺の印象が良くないことはわかってますよ。でも今を逃せば、最悪、二度と会えないかもしれないんでね」


 ……印象が悪い自覚はあったんだ。
 それに二度と会えない云々も、互いの距離を考えたら、やむを得ないことだもんね。

 あれっ? でも、それなら――


「じゃあ、この告白って意味なくない?」


 わたしは、素朴な疑問を口にした。

 だって、そうでしょ? 二度と会えないことが前提なら、その時点で、この恋愛は成就しないことになる。まあ、成就も何も、そもそも彼と恋愛する気はないけどね。

 でも木手くんは、その意見を否定した。


「そうは思いませんね。告白すれば、少なくとも、俺の気持ちはあなたに伝わるでしょ? このまま自分の中だけにとどめて、あの頃あなたのことが好きだった……なんて、ヤワな思い出にはしたくないんです。もっと力強い形にして、残しておきたいと思った。だからこうして、行動に移したんです」
「それじゃ、結局のところ、言い逃げじゃん。そんな自分勝手なことされても困るよ」
「恋なんて、もともと自分勝手なものですよ」


 ……それ、中学生の言うセリフかな?
 でも、とんでもないことに様になってるんだよな、これが。


「一過性の想いでも、これほどの衝撃が走るなんて、初めてのことでした。一目惚れなんて、自分ではありえないと思ってたから、なおさらに。だから、そうした想いを感じさせたあなたのことを、俺自身、ちゃんと覚えておきたいと思ったんです」


 木手くんの口振りは、想いを成就させようというものじゃなく、どこか思い出作りみたいな感じだった。


「……じゃあ、わたしは返事しなくてもいいってこと?」


 おずおずと聞くと、彼は頷いた。
 ただし、妙な笑みを浮かべながら。


「ええ。とりあえず、今は」


 ……? 何か、微妙に引っかかる物言いだな。
 でも、何がどう引っかかるのか、考えてみたけどイマイチわからない。


 そうして頭を悩ませてると、遠くから「えいしろー!」と、彼を呼ぶ声が聞こえてくる。
「そろそろバスが来そうですね」と、1人だけ別行動だった彼は、どこかすっきりした顔で、あらためてわたしと向かい合った。


「では、お元気で。さん」


 そう言うと、木手くんは身を翻し、静かにこの場を後にしたのでした。

 そして去り行く彼を見送りつつ、わたしからこぼれ落ちた感想は、


「……変な人」





 そんな、自己満足で自分本意な告白を受けた3ヶ月後。
 新人戦を迎え、順調に勝ち進んでいった後輩たちの応援先で、思いがけず木手くんと再会した。
 彼もまた、後輩たちの応援に来ていたんだ。


 木手くんの顔を見たことで、忘れかけていた、あの告白を思い出す。
 そして彼もまた、わたしを認識して、うっすら笑顔を見せる。

 でも次の瞬間、まさか、こんな先制攻撃を食らわされることになろうとは!


「お久しぶりです、さん。今でも、あなたが好きですよ」


 まるで呼吸するかのように、サラッと言われた、再度の告白。
 その言葉に、わたしはもちろん、居合わせた仲間たちや後輩たちにまで、衝撃が走ったのは言うまでもない。



 これは本気なのか、それとも壮大な嫌がらせなのか……。

 木手永四郎。
 全く、彼がわからない。

2008.03.20


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