そして時は過ぎ、中学生活最後の日である、卒業式がやって来た。
 しめやかながらも、どこか慌ただしい空気の中、やはりわたしは、あちこちバタバタ駆け回る。

 卒業式って、どこか静かなイメージがあるけど、実際はちょっと違うよね。
 だって、いろんな子たちと別れの言葉を交わしたり、記念撮影をしたりで、結構忙しいんだもの。

 誰かを呼び止めたり呼び止められたり、そんなことを何度か繰り返して。
 それがようやく落ち着いた頃、ふいに爽やかな声に呼び止められた。





脱 出





「あ、


 振り向けば、それは去年同じクラスだった佐伯くん。
 そして佐伯くんの周りには、彼と同じ、テニス部の面々が集まっている。


「今、みんなで写真撮ってたんだ。せっかくだから、も入らない?」


 ……何か、前にもあったな、こういうこと。


 でも、あの時と違うのは、わたしが素直に「うん!」と言って、自分からその輪の中に飛び込んでいったこと。
 だって今日は、中学生活最後の日なんだもの。
 それがわたしに、いつも不足しがちな勇気をくれていた。

 だから、戸惑うだろうわたしを呼び寄せるつもりでいた黒羽くんは、少し驚いた様子で。
 でも、すぐに気を取り直して、「そう来なくっちゃな!」と、まるでわたしを呼び寄せるように、その大きな手を差しのべた。


 ……ってことは、わたしの場所は黒羽くんの隣?
 いや、嬉しいよ。嬉しいけど、何かちょっと……ううん、ちょっとどころじゃないくらい緊張する。


「よ、よろしく」


 そんなわけのわからない挨拶をしつつ、黒羽くんの隣に立つ。
 でも、わたしと黒羽くんの間には、なぜか不自然な隙間があって……。


 っていうか、ごめん、本当に無理!
 変に離れている方がおかしいのはわかるけど、これ以上の接近は、心臓が耐えられないの。
 だって、黒羽くんにくっついちゃうんだよ!


 そんなわたしの行動は、傍目から見ても不自然なもの。
 ついにはカメラマンの佐伯くんに、「もうちょっとくっついて」との、最後通告を受けてしまった。

 し、しょうがない……。
 そう思って、もう少しだけ、黒羽くんとの距離を縮めようとした時。
 なぜかわたしは、自分の意志に反して、思いっきり黒羽くんに密着していた。



 ええっ!?



 驚いて黒羽くんを見上げると、まるでその瞬間を狙ったように鳴り響く、無情なシャッター音。
 そして、無駄に爽やかな佐伯くんの、やたら嬉しそうな声。


「よしっ、のバカ面激写!」
「えっ!? ちょっ……!」


 待ってよ! せっかく一緒に撮ったのに、それはないわ。
 断固やり直しを要求……って、どこ行くの佐伯くん!

 何と佐伯くんは、そのまま何食わぬ顔で、別の子たちの撮影に行ってしまった。
 それをきっかけに、他のみんなも散り散りになって、何となくわたしと黒羽くんだけが、その場に残される。


 そうなってから、ゆっくりと、わたしの肩から手を離す黒羽くん。
 引き寄せられて、強引に詰められた距離が、再び開く。
 そこを通り抜ける空気が、何だかやけに冷たく感じた。
 それはわたしが真っ赤になって、見るからに、体温が上昇しているせいかもしれない。


 すごく――すごくビックリした。


 男の子って、あんなにも簡単に、女の子の肩を抱き寄せるもの?
 普段親しくなくても、そんなに気軽にくっつけるもの?

 何か、意外……。っていうか、軽くショック。
 わたしは迂闊に近寄れないくらい、黒羽くんを意識したのに、向こうはそうじゃなかったんだな。
 まあ、そんなことはわかってたけど……でも、何もこんな時に、再認識させなくたっていいじゃない。


 これまで楽しかった気持ちが、途端に沈み込んでいく。
 そのせいか、わたしと黒羽くんの間には、妙な沈黙が生まれていた。


 本当は、彼と何か話したい。
 でも、何を話したらいいか、わからない。
 かといって、「じゃあ」と、この場を立ち去ることもできなかった。
 もしかしたら、これが黒羽くんとちゃんと話せる、最後の機会かもしれないから。

 幸いなことに、高校は彼と同じところへ行く。
 でも中学に比べて、クラス数は確実に増えるだろう。
 同じクラスになれればいいけど、もし違った場合、離れ具合によっては、今以上に会えなくなることは目に見えていた。


「あの……」


 だから、意を決して話そうとしたのに。
 でも、まるでそれを遮るように、一足早く、黒羽くんが口を開く。


「あー、嫌がってんのに、ごめんな。どうも俺、空気読めなくてさ」


 そして、苦笑いしつつ、頭をかく。


「え? あ、別に迷惑なんかじゃ……」


 そう聞いて、ホッとする黒羽くん。
 そりゃ、全然自分に近寄ろうとしなかったら、そう思われてもしょうがないか。ごめんね。

 でも、何でもたついてたかは説明しようがなくて、再度わたしのもじもじは始まる。

 けど、今度は居心地の悪い沈黙は生まれなかった。
 黒羽くんがおもむろに、あるものを差し出したから。


「あのさ、今さらだけど、これ」


 目の前に出されたそれは、文化祭の時の写真。
 そういえば、前にテニス部のみんなと撮ったっけ。

 懐かしさに、緊張で強張りがちだったわたしの顔が、わずかに綻ぶ。
 それで、どこか張りつめていたわたしたちの空気も、ようやく少し緩やかになった。


「なかなか渡せなくてごめんな。でもこれを渡したら、もう会う機会がなくなると思って」
「うん……寂しくなるね」


 そう言われて、ちょっとしんみりするわたし。
 でも、それを見た黒羽くんは、「いや、だからな……」と、なぜか口ごもる。


「でも黒羽くんは、高校でもテニス頑張るんでしょ? 会えなくなっても、わたしちゃんと応援するよ」
「……黒羽くん、か」


 それは、とても苦い呟き。
 彼らしからぬ、どこか重い雰囲気に、思わずわたしは顔を上げる。
 するとそこには、これまでの朗らかな様子とは打って変わった、真剣な面持ちの黒羽くんがいた。


「中学上がった頃からだよな。俺の呼び方、変わったの」


 確かにそうだ。環境が変わったのをきっかけに、彼をハルくんと呼ぶのはやめた。
 でもまさか、そんなことを覚えているなんて。
 そもそも、何でいきなり、そんなことを持ち出すの?


「あー……うん。でも、呼び方変えたのは、黒羽くんだけじゃないし。そういえば、黒羽くんは、わたしの呼び方変わらないね」


 昔からずっと変わらず、疎遠になってからも、「」と呼び続けてくれた黒羽くん。

 それは嬉しくもあり、悲しくもあった。
 彼の中のわたしは、ずっと後ろをついていた、小さな子供のままだったから。
 幼い頃から兄貴肌の彼に、ただの義務感で一緒にいたんだって、そう言われてるようだったから。

 でも黒羽くんは、そうして勝手に傷ついていたわたしに対して、そっぽを向きつつも、こう言ったんだ。


「まあ、そう呼びたかったってこともあるけどさ……でも何つーか、呼び方を変えると、俺の中でおまえに対する、妙な壁ができちまうような気がして……嫌だったんだよ。そしたら、今以上にもっと近づけなくなるだろ? 実際、俺の呼び方変えてから、おまえ、よそよそしくなったし」


 そして目を合わせないまま、ガシガシ乱暴に頭をかく。かき続ける。

 すごくわかりやすい照れ隠しだ。
 そして、どこか寂しそうな……でも、寂しさだけじゃない何かが、そこにはあって。


「……前と同じでいいの?」
「つーか、変える意味がわかんねえ」








 俺は今も昔も、が好きだから。








 そんなことを言われるなんて、思ってもみなかった。


 蘇る、懐かしい思い出。懐かしい記憶。
 彼を好きになり、好きで居続けた、すべての源。


「ハル、くん……」


 数年ぶりに、そう呼びかける。
 彼は一瞬驚いたけど、すぐさまわたしに、満面の笑みで応えてくれた。


「あのさ、今度2人で、どっか遊びに行かねえ?」












〜 抜け出すのは幼なじみの殻から 〜


2008.03.05


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