それは、11月の文化祭の時のこと。

 気楽に騒げる、中学最後のお祭りだから、クラスの出し物は、非常に気合いが入っていた。
 おかげで、当日は何かと忙しく、あちこちバタバタ駆け回ることに。
 でも、そんな見るからに忙しそうなわたしを、ふいに爽やかな声が呼び止めた。


「あ、


 振り向けば、それは去年同じクラスだった佐伯くん。
 そして佐伯くんの周りには、彼と同じ、テニス部の面々が集まっている。


「今、みんなで写真撮ってたんだ。せっかくだから、も入らない?」
「えーっと……」


 その申し出に、わたしは少し躊躇する。

 写真を撮るのは、別にかまわない。
 でも、テニス部という共通の仲間たちとの撮影に、いきなり関係ない人間が入っていいのかな?

 すると、そんな戸惑いがわかったのか、ふいに黒羽くんが、親しみに溢れた笑顔を向けて、こう言ったんだ。


「まあ、遠慮すんなって。サエもああ言ってんだから、も一緒に映ろうぜ」


 そして言うが早いか、力強い手に引っ張られ、たちまちわたしは、みんなの仲間に迎え入れられる。
 そのおかげで、わたしは彼らと、記念に残る1枚を撮ることができた。


 昔から変わらない。彼のそういうところ。
 周りをよく見て、1人でいる子がいたら優しく声をかけ、みんなの輪へ導いてくれるの。

 ほんと……昔から大好きだ。





脱 出

〜 どこから? 〜




 六角中に通う面々の大半は、幼なじみの延長のようなもの。
 小学校が違うことは関係なしに、みんなで一緒にオジイのところで遊び、そして一緒に大きくなった。わたしも、一応その1人。

 でもわたしは、みんなと一緒に遊びたいのに、率先して輪の中に入っていけない、ちょっと内弁慶な子供だった。
 けど、そんなふうに少し距離を取りがちだったわたしを呼んで、いつもみんなの輪の中に誘い入れてくれた子がいたんだ。
 それが、テニス部の黒羽春風くん。今じゃみんなに「バネ」と呼ばれる彼を、わたしは「ハルくん」って呼んで、いつも後ろについていたっけ。


 そしていつしか中学生になり、あの頃の仲間たちは、わたしよりずっとずっと大きくなった。
 身体の変化に伴って、中身や考え方も、少しずつ変わっていく。

 でも彼の本質は、昔と少しも変わらない。
 そして残念なことに、わたしも肝心の部分が、少しも変わらない。

 いつの間にか彼と離れてしまったのは、今の年齢ならではの気恥ずかしさもあるけれど、でも、決してそれだけじゃない。
 わたしはもともと、気になることから距離をとりがちな子供だったけど、黒羽くんに関しては、意図的に避けるようになっていた。


 だってもう、彼の気遣いに甘えるわけにはいかないから。





 わたしは彼が――好きだから。





 単純に「好意」と呼べる枠では、括れないほどに。
 その気持ちは、意識すればするほど、苦しくなるだけのもの。


 だから、呼び方も変わってしまった。ハルくんから、黒羽くんに。
 でも、それは彼だけに限らないし、何より周りの男の子たち――例えば佐伯くんとか――に対しても、わたしの呼び方は変わっていった。
 まあ、それは向こうも同じことで、彼だって、昔はわたしを「ちゃん」って呼んでいたからね。

 だからこの変化は、とても自然なものだった。
 少なくとも、不自然には見えなかった。


 それなのに、彼は――彼だけは変わらないんだ。


 疎遠になってからも、佐伯くんたちが「」と呼んでも、わたしを「」と、昔と同じように呼び続ける。
 わたしの中では変化した気持ちが、彼の中では変わらないまま。
 呼び方が変わらない現実には、それが顕著に表れていて、今では好きなのに、近くにいるとだんだん苦しくなってきた。


 ただ楽しければ、それでよかった幼少時代。
 その、かけがえのない時間があったから、わたしは彼が好きになった。

 でも、もう以前のように、無垢にはしゃいだりできないんだ。
 あの頃にはなかった気持ちに、気づいてしまったから。


 誰からも愛される彼を好きになったって、そんなの苦しいだけなのにね。

2008.03.01


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